1875年のダブリン・リバティーズ地区の大火事の話

歴史
05 /30 2020

1875年にダブリンのリバティーズ地区で大火事が発生しました。当時のダブリンはウイスキーの世界ナンバー1の生産地。今のティーリング蒸留所あたりにあった、マローンズというウイスキー等の保税倉庫から出火します。

 

火事が発生したのは618日金曜日の夜のこと。最後に倉庫の鍵を閉めたのは徴税官。それが午後4:45のこと。そして、最初に火の手が発見されたのは午後8:30ごろです。消防隊が駆け付けたころには、これまで見たことがないほど火は大きく広がっていました。

 

樽が火に包まれ、ウイスキーが漏れ出すと、それに火が点いて樽は大きな音を立てて爆発します。大量の樽を貯蔵していたマローンズ倉庫からは、59メートルの青い炎を上げながらウイスキーが川のように流れ出します。ある目撃者は、この様子を「燃える洪水」と表現しています。マローンズ倉庫は318リットル入りのウイスキーの樽が少なくとも1800あったと言われており、当時の新聞はワインやブランデーを含めて5000樽あったとも書いています。

 

火は近隣の家屋も襲います。人々は持てるものだけ持って大慌てで避難します。通夜を行っていた家では死体を抱えて逃げ出したそうです。緊急手段として馬や豚や犬は放たれ、そうした動物がその辺を走り回っています。

 

野次馬たちも集まってきます。日本でも「火事と喧嘩は江戸の花」などといいますが、娯楽の少ない時代には、大きな火災というスペクタクルに不謹慎ながらも人々は興奮したのでしょう。さらにこの火事ではウイスキーの匂いに引き寄せられてきた人もいます。人々はビン、ポット、帽子、靴など、使えるものをすべて使って流れるウイスキーを掬ったそうです。そして、この群衆をコントロールするために、数多くの警官と軍隊が駆り出されました。


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(下でご紹介するThe Great Liberties Whiskey Fire』という本から。元々は L'Illustrationというフランスの新聞に当時掲載された挿絵)


水をかけるという従来のやり方では、逆にウイスキーの流れに乗って火が拡散してしまうので、風変りな消化方法が採用されました。肥え(つまり、牛馬の糞)を使って流れ出るウイスキーを堰き止めたのです。動物の糞以外にも、住居の裏庭に貯めてあった人間の排泄物(今ほど下水が近代化されていない時代です)、皮なめし工場の廃棄物(当時の皮なめしの工程では、尿、犬の糞、動物の脳みそなどが使用されていました)が大急ぎで集められました。

 

もう1つ有名な話は、この火事に関連して死亡したのは13人とされていますが、誰も火事の直接の被害で死んだ人はいないということです。火傷や煙で死んだ人もいなければ、倒壊する建物の下敷きになって死んだ人もいないのです。なんで死んだかというとアルコール中毒です。火事の見物に集まった野次馬たちの中に、帽子や靴で流れているウイスキーを掬って、しこたま飲んでしまった人がいたのです。

 

火災が発生した夜は、たまたまアメリカ人の記者が数多くダブリンに滞在していました。アメリカ対アイルランドの射撃の競技会が開かれていたので、取材に訪れていたのです。そのため、この火災とそれに伴う大混乱は、アメリカでも大きく報道されたようです。

 

以上、リバティーズの大火災について知ったような顔をして長々と書いてきましたが、元ネタは『The Great Liberties Whiskey Fire』という本です。先日(20202月頃)、ティーリング蒸留所のギフトショップに言ったときに購入したものです。100ページに満たないソフトカバーですから、小冊子といってもいいかもしれません。本の発行は201912月です。

 

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この本のおもしろいところは、著者のラス・ファロン (Las Fallon) さんが、熱心なアマチュア歴史家であると同時に、元消防士だということです。30年にわたってダブリンの消防署に務めていたそうです。ですので、火を消す側からの視点で書かれているのですね。

 

牛馬の糞を使って溶岩のように流れるウイスキーを堰き止めるというアイデアを出したのは、当時のダブリンの消防隊長だったジェームズ・イングラム氏。

 

イングラム氏は1850年代にアメリカに移住し、ニューヨークで印刷関連の仕事をしながら、ボランティアで消防隊に参加していました。そこで培った経験を、ダブリンに戻ってきて生かしたわけです。

 

イングラム隊長は1881年に結核でこの世を去りますが、ダブリン市内には彼の功績を称える記念碑などなく、彼の墓には墓石もないそうです。本の著者のファロン氏は、そのことを嘆いておられます。

 

出火元となったマローンズ保税倉庫のあった場所は、コーク・ストリート、アーディー・ストリート、チェンバー・ストリート、オーモンド・ストリートに囲まれた一画です。ここは、45年前まで柵に囲われた空き地だったのですが、今では市民が憩える公園に生まれ変わっています。

 

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このあたり一帯は再開発が進んでいて、大火災があった当時の面影はほとんど残っていません。道を挟んでマローンズ保税倉庫の東側にあったワトキンス醸造所だけが廃墟のような形で残っています。ただし、建物の一部は今でも倉庫または事務所として使われているようです。


 

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ちなみにファロンさんの歴史への熱意は息子さんのドナルさんにも受け継がれたらしく、ドナルさんはダブリンの歴史や文化について語る comeheretome.com というウェブサイトを主宰されています。 


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旧ミドルトン蒸留所の見学ツアー

蒸留所
05 /23 2020

20192月、もう1年以上前のことになりますが、コーク県ミドルトンにあるジェムソンの蒸留所を見学に行ってきました。テイスティングでウイスキーも飲むだろうし、ということで、ほんとうに久しぶりに鉄道を使って日帰り旅行をしたのです。そのときのことを、ロードトリップ風に書いていきたいと思います。


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217日の朝、徒歩でダブリン・ヒューストン駅へ向かいます。私のウチから歩いて10分ほどです。


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コーク・ケント駅行き9時発の列車に乗りました。

 

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前日にネットで予約したのですが、予約のときに名前を登録します。列車に乗ると、窓の上の座席番号を書いてあるところに小さいLEDディスプレイがあって、そこに名前が表示されているのです。これは、びっくりしました。

列車の中ではのんびり本を読みました。ウエルベックの『地図と領土』です。この小説、作者のウエルベック自身が作中に登場するんですが、アイルランドに住んでいる設定になっているんですよね。

 

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1130分ごろコークのターミナル駅であるケント駅に着きました。私はこの駅でも1つ見たいものがありました。郵便ポストです。

 

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この郵便ポストは珍しく、差し出し口が上を向いているんです。これでは室内にしか置けませんね。製造されたのが18571859年というのですから、もう160歳を超えて現役です。

 

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駅の構内には古い機関車も展示されていました。

 

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駅の売店でスコーンを買って昼食としたあと、いよいよミドルトン行きの電車に乗ります。今度は見るからに近距離用の電車ですね。

 

ミドルトンまでは電車で25分。ミドルトンの町を歩いて、道に迷わなければ20分ほどでミドルトン蒸留所につきます。

 

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ミドルトンはアイルランド第二の都市であるコークの衛星都市といっていいでしょう。ここからコークに通勤している人も多いはずです。


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さて、いよいよ蒸留所に到着しました。


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旧ミドルトン蒸留所は、もともとは毛織工場であり、それが兵舎になったあと、1825年に蒸留所として生まれ変わりました。実際に稼働したのは1975年まで。新しい蒸留所が隣に建設されたので、この施設はお役御免となったのです。1992年に博物館的なビジター・センターとしてオープンしました。現在の正式名称は “Jameson Experience, Midleton”。俗に “Old Midleton Distillery” などとも呼ばれます。毎年約10万人の観光客がここを訪れるそうです。


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この蒸留所の元々のオーナーはコーク・ディスティラリーズ社です。この会社は、今も販売されているパディー (Paddy) というウイスキーやコーク・ドライ・ジン (Cork Dry Gin) というジンを作っていました。


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ご存じの方も多いと思いますが、20世紀に入ってからアイリッシュ・ウィスキーは退潮の一途。それに歯止めをかけるため、コーク・ディスティラリーズ、ジェムソン、ジョン・パワーの3社が1966年に合併してアイリッシュ・ディスティラーズ社という会社を作り、このミドルトンを生産の本拠地としたわけです。

アイリッシュ・ディスティラーズ社は大企業だけあって、敷地は広いですね。北アイルランドのブッシュミルズよりも大きいと思う。新興のマイクロ蒸留所の比ではありません。


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ロビーで待機した後、ツアー出発です。日曜日ということもあってか見学者は30人ほどの大人数。国際色も豊かです。


ビデオを見せてもらった後、旧蒸留所の建物の中に入ります。非常に古い造りのまま保存されていて、1970年代まで使用されていたというのがちょっと信じられないほどです。


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こちらの大きな建物は、原料である大麦の貯蔵庫として使用されていたようです。


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動力源である水車。この蒸留所は、ダンガーニー川という川のほとりにあります。


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今は使用されていないポットスティル (蒸留器)


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ポットスティルとカラム (コフィ―/連続式)スティルの原理を説明する図。


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ツアーの途中で、稼働している新蒸留所の姿を見ることもできます。手前の古い小屋の後ろに見える近代的な建物がそれです。


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この旧蒸留所は稼働していないと書きましたけど、実は小規模の蒸留施設が設置されているんですね。ここでは研究・実験のために利用しているようです。


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それからこちらは樽職人の作業場だったところです。

 

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お役御免になった古い設備が庭に飾ってあったりします。


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すぐ上の写真に「Worm Tub」と書いてありますが、これは直訳すると「虫の桶」となります。もちろん生きている虫が入っているわけではありません。ポットスティルで蒸留されたアルコールを冷まして液体にするために曲がりくねった管を通すのですが、その管が虫のように見えることから「Worm Tub」と言うようです。

 

ちなみに、ジェイムズ・ジョイスの作品に『ダブリン市民』という短編集がありますが、その最初の短編である「姉妹」の冒頭に、ウイスキーの製造過程を語る文脈で「faints and worm」という言葉が出てきます。「faints」の方は、蒸留した後に残る不純アルコールのことです。


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(今回の記事は別のブログに書いたものを少し修正して転載しています。私は何の気なしに Worm Tub の写真をアップしていたのですが、読者のおひとりにコメント欄で Worm Tub のことをご指摘いただき、あらためて『ダブリン市民』の話を思いだしたのでした。ありがとうございました)


そして最後はお楽しみのテイスティングですね。車じゃないので心おきなく飲めます。

 

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今回のツアーで一番驚いたのは、パディー・ウイスキーがアメリカの会社に売却されたという情報を聞いたことです。パディー・ウイスキーはこの蒸留所の主力商品だったわけですから。ガイドさんの説明では、たまたまこのツアーの翌日が所有権の移る日だと聞いたと思ったんだけど、今Wikipedia を見ると2016年ということになっています。2016年に交渉が成立して、実際に移行したのが2019年ということでしょうか。


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(Paddy ミニボトル)


鉄道の旅は時間が列車の時刻表に縛られるという難点はありますが、本を読んだり、車窓から景色を眺めたりしながら、のんびりと旅ができるのがいいですね。


今回、私は日帰りでしたが、週末に1泊旅行でコーク市内やコーブの街などを見て回るのもいいのではないでしょうか。


さて、ミドルトンは小さな町ですが、和食屋が2軒ほどありました。そのうちの1軒、Ramenという店に入り、Japanese Udon Noodles というのを食べました。チキン入りで12.95ユーロ。焼うどんですね。


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ソフトクリームがもれなくついてきます。カップだけもらってセルフサービスで盛るのです。不器用な私ですが、わりと上手にできました。

 

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ツアーの所要時間は75分間ほど。20203月現在の料金は23ユーロです。48ユーロでプレミアム・テイスティング・ツアーというのもあるようです。(5月現在、コロナウイルスの影響で休業中です)


ジェムソン・ミドルトン蒸留所公式 Web サイト


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新型コロナウイルスがアイリッシュ・ウイスキー業界に与える影響

ニュース/記事
05 /18 2020

515日付のアイリッシュ・タイムズ紙に、「アイリッシュ・ウイスキーの売り上げに悪影響。400人の職が失われる可能性」という記事が掲載されていたので、かいつまんでご紹介します。

 

アイリッシュ・ウイスキーの2019年の年間売り上げは13700万本を記録。これは2010年と比較して2倍の数字だそうです。しかし、アイリッシュ・ウイスキー協会(IWA)の最高責任者であるウィリアム・ラベル氏によると、ロックダウンにより世界中でパブや空港のデューティー・フリーが閉鎖されているため、成長が脅かされているとのこと。

 

「発注はキャンセルされ、在庫を引き取ってくれという要請もある」

 

蒸留所のビジター・センターで働く409人のうち、その多くは政府のCovid-19賃金支援を受けているとのこと。

 

「別の部署に回って仕事を続けている人もいれば、賃金支援を受けている人もいる。状況は毎日のように変わっており、IWAのメンバー企業は雇用を確保することに懸命に取り組んでいる」

 

ウイスキーの生産部門で働く約1000人のほとんどは現在も仕事を続けているとのこと。

 

ジェムソンを生産するアイリッシュ・ディスティラーズ・グループ(IDG)やタラモア・デューのブランドを持つウィリアム・グラント社は、自社の製造ラインを活用してハンド・サニタイザー用のアルコール・ジェルを生産しています。

 

さらには、新進の小規模蒸留所もサニタイザーの生産に協力しています。たとえば、コナハト・ウイスキー社は、80,000本の250mlボトルを医療機関に提供し、個人消費者にも販売しています。

 

Ibec (アイルランドの経営者の団体、日本で言えば経団連みたいなところ) 傘下にあるアルコール飲料の業界団体のドリンクス・アイルランド (Drinks Ireland) は、ウイスキーの売り上げを推進するため、大学のマーケティング学科の卒業生をウイスキー業界で雇用するにあたって、その賃金の70%を支援してくれるようにアイルランド政府および北アイルランド自治政府に要請するとしています。70%の支援というのは過去にも事例があるそうです。

 

ラベル氏は、こうした支援は、パンデミック後のウイスキー業界の再興と、マーケティング学科の卒業生の雇用促進に役立つとしています。


***** ***** *****


さて、少し古い記事(3/23に公開された記事)になりますが、新型コロナウイルスとアイリッシュ・ウイスキー業界に関する話題をもう1つご紹介します。こちらは、fft というアイルランドのホスピタリティ産業の業界紙に掲載されていた記事です。アイルランドの蒸留酒産業が、品不足が問題となっているハンド・サニタイザーの製造に取り組むという記事です。


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(ディングル蒸留所が製造したウイスキー(左)とハンド・サニタイザー) 


この記事によれば、アイルランドのさまざまな蒸留所がハンド・サニタイザーの生産により、Covid-19との戦いに協力しています。(以下、記事の要約ですので、「現在」などの記述は3月中旬時点を指すことにご注意ください)

 

-  ディアジオ (ギネス/ロウ&コ・ウイスキーのオーナーは、世界で200万リットルを超える中性スピリッツ(アイルランドでは50万リットル)を製造し、ヘルスケア企業に提供します。


-  ゴールウェーのマイクロ・ディスティラリーであるMicil蒸留所は、ポティーン(アイルランド特産のポテトを原料とする蒸留酒)の生産を一時停止し、ハンド・サニタイザーを生産します。ここで作られた製品は、主にゴールウェー近辺の慈善団体や医療機関に提供されます。


-  ケリー県のディングル蒸留所は、初回の計画として35,000本のミニ・ボトル入りサニタイザーを製造し、地元の企業/商店/家庭医に提供します。


-  メイヨー県のコナハト・ウイスキー社は、3月末までに6,000本の250mlボトルを製造。需要が高まれば生産量を増やすとのこと。


-  ラウズ県のリストーク蒸留所は、今回アイルランドで真っ先にハンド・サニタイザーの生産に取り組んだ蒸留所です。最初の2000(250ml)は、友人、家族、地元企業に提供して24時間経たないうちになくなりました。現在(3月時点)2000リットルのアルコール・ジェルを生産中で、蒸留所で販売するほか、慈善団体、家庭医、警察署には寄付するとのこと。


-  コーク県のクロナキルティ蒸留所では、製造準備が整い次第、5000ボトルの生産を開始するとのこと。地元の慈善団体に寄付するほか、主に地元のコミュニティに販売する予定。


-  アイリッシュ・ディスティラーズ社 (ジェムソンなどのオーナーは、地元の化学会社と協力して大量のアルコール・ジェルを生産し、HSE (アイルランド政府のヘルスケア統括部門に納める予定。


-  リートリム県のシェッド蒸留所では、まもなく消毒用アルコールの製造を開始する予定とのこと。生産したアルコールは、ハンド・サニタイザーを生産する化学会社に納品されます。


-  ダウン県ドナハディのコープランド蒸留所では、今後数週間で30,000リットル以上のアルコールの生産を予定しています。最初の500リットルは地元の慈善団体等に寄付。その後は、寄付と共に、卸/小売りへの販売も計画しています。


上記以外にも、ダウン県のモア (Mór)・アイリッシュ・ジン社やファーマナ県エニスキレンのボートヤード蒸留所が、消毒用アルコールを製造しているほか、体制が整い次第、製造を開始する予定の蒸留所がいくつもあります。


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これ以外にも、ギネス・アイルランドは、Covid-19の影響を受けたアイルランドのバー従業員やコミュニティのために、150万ユーロの支援金を提供することを約束しています。

 

ドリンクス・アイルランドのディレクターであるパトリシア・カラン氏は、「先行きが不透明なこの時期に、Covid-19対策のために飲料業界が役割を果たしているのは素晴らしいこと。この戦いでは、政府、医療/公共機関、産業、社会が協力する必要がある。業界として支援できることを実行していきたい」と述べています。


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キナハンズ・ウイスキー

歴史
05 /17 2020

私はときどきオークションでウイスキー関係の昔の広告やパブミラーを買ったりします。こちらは、5年ほど前にあるオークションで買った額縁入りのウイスキーのポスターです。

 

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思いのほか安く競り落とせて、ハンマー・プライスが20ユーロだったと記憶しています。これに手数料が付くので、支払ったのは25ユーロくらい。文字しか書いていない地味な広告だったので、欲しいと思う人はあまりいなかったのでしょう。

 

いつ頃のポスターかということですけど、裏に新聞紙が貼ってあって、そこに「アーマー大司教のダルトン枢機卿」の文字が見えます。ダルトンがアーマーの枢機卿だったのは1946年から1963年までなので、おそらくその時期のものだと思われます。

 

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ジェムソンの12年物のウイスキーのポスターですけど、下部に小さめの文字でバゴッツ、ハットン & キナハン (Bagots, Hutton & Kinahan) と書いてあります。BH&K はいわゆるボンダー (Bonder) またはボトラーですね。ボンダーというのは、自前で保税倉庫を持っていて、蒸留所から買ったウイスキーを樽につめて熟成させ、その後、瓶に詰めて消費者に販売するのです。保税倉庫というのは、その中に保管している間は酒税の支払いを猶予されていて、そこから出す時に初めて酒税を払えばよいという許可を得た倉庫のことです。今は蒸留所が自社で瓶詰めしますけど、昔は、樽で各地のボンダー/ボトラーにウイスキーを卸していたんですね。

 

さて、今回はこの Bagots, Hutton & Kinahan (以下BH&Kと書きます)にいう会社について調べてみたことを書きたいと思います。

 

会社の登記情報を参照できるWebサイトをあたってみると、BH&Kが設立されたのは1927年。会社登記事務所に最後に書類を提出したのは1981年だということがわかります。


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つまり、1981年前後には会社としての存在はなくなっていたはずなのですが、最近になってキナハンズ (Kinahans) というウイスキーが復活したのです。

 

会社の Web サイトの「歴史」ページによれば、キナハンズのブランドは1779年にダブリンのトリニティ・ストリートで生まれました。キナハンズ・ウイスキーはかなり人気があったようで、1819年にはダブリンの中心部に4階建てのビルを構えるようになり、1845年には英国王室御用達となります。


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1862年には、アメリカの伝説のバーテンダーであるジェリー・トーマスが、その著書の中でキナハンズ・ウイスキーを取り上げます。また、キナハンズの人気が高いことから、キナハンズのボトルに他社の劣等なウイスキーを入れて販売する不届き者が続出。これを差し止めるためにキナハンズは裁判に訴え、1863年に勝訴します。

 

ところが、20世紀にはいって潮目が変わってしまいます。アイリッシュ・ウイスキー業界全体が退潮する中、一族の中で経営に大きな役割を果たしていたジョージ・キナハンが逝去。売り上げも低迷します。

 

会社は1912年にバゴッツ & ハットンに吸収され、BH&Kが生まれるわけです。バゴッツ & ハットンも長い歴史のあるワイン/蒸留酒販売業者だったようです。

 

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BH&Kは米国で禁酒法が始まる1920年にキナハンズ・ウイスキーの販売を終了。その後は、冒頭の広告にあるようにジェムソンを販売したり、バゴッツ (Bagots) というブランドでウイスキーを販売していました。


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そして、キナハンズ・ウイスキーが、100年近い眠りから目覚めて復活したのは2014年のことでした。

 

さて、ここで私が疑問に思うのは、現在の経営者はキナハンズの創業家と関係があるのか、ということです。

 

現在のキナハンズ・ウイスキーを販売する会社について、会社登記情報を調べてみると、経営者はルパート・クレバリーというイギリス人のパブ経営者のようです。この人の名前で検索すると、彼が登場する新聞記事がいくつも出てくるので、その業界ではかなり有名な人なのではないかと思います。

 

ここからは私の推測になりますが、クレバリーさんはイギリス人だということからしても、キナハン一族とは関係がなく、キナハンズのブランドの権利を購入してウイスキー事業に参入したのではないかと思うのです。パブを経営しているわけですから、一定の販路は確保できているわけですし。

 

この会社は自社で蒸留所を構えている様子はないので、アイルランドのどこかの蒸留所からウイスキーを購入し、ブレンドして、自社ブランドで販売しているのでしょう。もちろん、それが悪いわけではありません。そういう会社はいくつもあるし、味が良ければ誰も文句はいわないわけです。昔のキナハンズも元々はボンダーだったわけですしね。


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確かティーリング・ウイスキーのジョン・ティーリングだったと思いますが、良いウイスキーを作ることと良いブランドを作ることは別、みたいなことを言っていました。味がいいだけではダメ。ブランド力も必要というわけですね。良いブランドをゼロから作り上げるには時間がかかるので、過去の有名ブランドの権利を買うというのは、これまでもいくつか例がありました。

 

たとえば、ティーリング自身もクーリー蒸留所を経営していたときにワット蒸留所のフラッグシップ・ブランドだったタイコネル (Tyconnell) を蘇らせました(このブランドを現在所有するのは、クーリー蒸留所を買収したサントリー・ビーム社です)。バークス (Burkes) という古いブランドも復活しました。

 

 

さて、一方のバゴッツ・ハットンはどうなったのでしょうか?

 

実はリフィー川沿いにバゴッツ・ハットンというワイン・バー/レストランが2012年頃にオープンし、2018年頃まで営業していました。今年の2月ぐらいまで残ってたバゴッツ・ハットンのツイッター・アカウントのホームページには、「1829年以来、優れたワイン、紅茶、コーヒーをお届けしています」と書かれていました。


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BH&Kのバゴッツ・ハットンの流れを汲むことは明らかですが、このお店の詳細も不明なのです。バゴッツ・ハットンの創業家の人がやっているのか、それとも誰か (クレバリー氏の可能性もあります) が権利を購入して経営しているのか。

 

お店は閉じましたが、まだ外装が残っていたので写真を撮ってきました。残念ながら、私は一度も入ったことはありません。


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1枚のポスターを巡っていろいろ調べてみると面白かったのでブログ記事にしてみました。他にもオークションで買ったウイスキーの広告やパブミラーがあるので、それについてまた記事を書いてみたいと思います。


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アイリッシュ・ウイスキーの発展を促すための税制改革の提案

ニュース/記事
05 /16 2020

アイルランドは酒税が高いので、ウイスキーも高いです。先日、スーパーマーケットのテスコに行って調べてきたんですが、スタンダードの700ml入りだと、ジェムソンが25ユーロ、パワーが22ユーロ、ブッシュミルズ、パディー、タラモアデューが20ユーロでした。近所のお高めのスーパーだとジェムソンが30ユーロです。たぶん普通の酒屋だともちょっとします。アマゾンで調べてみると、ジェムソンは日本では2000円弱で買えますものね。


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以前も書きましたが、アイリッシュ・ウイスキーはここ10年くらいで復興の槌音も高く、稼働中、建設中、承認待ちの蒸留所を合わせると35くらいあるそうです。輸出産業の柱の1つに成長しつつあると言っても過言ではありません。また、ウイスキー・ツーリズムと言って、蒸留所の見学に訪れる観光客も多いわけです。

 

アイリッシュ・ウイスキー協会(IWA)の推定によると、2018年には約923,000人の観光客が蒸留所を訪問しています。この数は5年以内に数百万にまで上昇するのではないかと同協会は見ています。ウイスキーが目的の観光客は1人平均約60ユーロを使うので、アイリッシュ・ウイスキー業界の売り上げに約5,500万ユーロほど貢献しています。これにプラスして、宿泊費や交通費がアイルランドに落ちるわけです。

 

しかし、酒税が高いため、蒸留所を見学に来たのに、お土産にウイスキーを買う気にならないわけですよ。自分の国に帰って買った方が安いわけですから。蒸留所でしか買えないスペシャル・エディションは別として。

 

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さて、私は『アイリッシュ・ウイスキー・マガジン』という季刊誌を購読しているのですが、最新号にアイリッシュ・ウイスキーの税制に関する3つの提言という記事が載っていたのでご紹介したいと思います。筆者は、アメリカ人のジョゼフ・V・ミカレフさんというワイン/蒸留酒評論家の方です。 

 

提言その1: 最初の10万リットルまでのウイスキーにかかる酒税を50%以上低くする

 

まず、アイルランドの酒税がどれだけ高いか、他国と比較してみましょう。アイルランドの酒税は純アルコール1リットルあたり34.58ユーロ、イギリスが33.57ユーロ、アメリカが約7.4ユーロ。日本は約1000円だと思います。

 

アイルランドの場合、酒税にもVAT(消費税に似た税) 23%かかります。イギリスの場合は酒税分にはかかりません。アメリカはVATはありませんが、小売価格に州が定める売上税が加算されます。アイルランドは高いです。

 

そこで、ミカレフさんは、蒸留所が産出する最初の10万リットルにかかる税金を下げてみてはどうか、と提言します(記事にははっきり書いてないのですが、年に10万リットルということだと思います)

 

これは、大規模な蒸留所にはたいしたメリットにはならないかもしれませんが、小さな蒸留所には大きな意味があります。事業を始めたばかりの蒸留所にとって、キャッシュフローの改善や財務の安定という点で、この税金優遇措置はありがたいはずです。

 

こうした税制改革には、EUの法律の改正が必要です。しかし、これには前例があるのです。ビールの醸造については、一定限度まで税の優遇が認められており、マイクロ・ブリュワリーはその恩恵を受けています。IWAはアイルランド政府にロビー活動をして、法律の改正をEUに要求するようにプレッシャーをかけたのですが、残念ながらアイルランド政府は拒否したそうです。

 

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提言その2: 蒸留所のギフトショップに免税店と同じような税の優遇を認める

 

これは冒頭でも書きましたが、自分の国に帰って買う方が安いのであれば、わざわざギフトショップで買って、持って帰ろうとはしません。そこで、蒸留所に併設のギフトショップには免税店に匹敵する税制優遇措置を与えて、観光客の購買意欲を刺激してはどうか、という提言です。蒸留所にとっては、当然のことながら、ギフトショップで直売した方が、利益率は高くなるわけですから。

 

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提言その3:  樽で購入する消費者には、樽の購入時ではなく、熟成して瓶詰めにした時点で課税する

 

これはある程度お金を持っている方の趣味になりますが、蒸留して樽詰めした時点で樽ごとウイスキーを買う方がいるわけです。ある種の投資として購入する人もいます。新しい蒸留所にとって、これは財政的に非常に助かるわけです。3年とか熟成させなくても、すぐにお金が入ってくるわけですから。

 

酒税を樽の購入時ではなく、瓶詰めにして倉庫から出すときに支払うことにすれば、初期費用が小さくなります。したがって、より魅力的な商品になる、ということですね。

 

ミカレフさんの提言は以上です。

 


 

「アイリッシュ・ウイスキーのブームは始まったばかりだ」とミカレフさんは書いています。その成長はこれからも長く続くだろうが、アイルランド政府のサポートや税の優遇があれば、ウイスキー産業は大きなメリットを受けるだろう、とも。

 

政府の税収が大きく減らすことなく、アイルランドのウイスキー産業の振興を図ろうというこれらの提言。具体的で実行可能なものばかりではないでしょうか。19世紀後半のアイリッシュ・ウイスキーの栄華を取り戻すためにも、ぜひ真剣に検討してもらえたらいいなと思います。


 


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ロウ&コ蒸留所

蒸留所
05 /15 2020
2019年の夏の終わりにオープンしたロウ&(Roe & Co Distillery) 蒸留所は、リバティーズ地区で操業する4番目の蒸留所となりました。

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ロウ&コ蒸留所は、ディアジオ社が親会社です。ご存じのようにディアジオ社は、アイルランドのビール会社であるギネスと、イギリスのグランド・メトロポリタン社との合併により1997年に生まれた会社です。ディアジオ社は、スミノフ、ジョニー・ウォーカー、ベイリーズ、そしてもちろんギネスなどのブランドを所有しています。

 

合併に先立つ1986年、ギネス社はスコッチ・ウイスキーの代表的メーカーであったザ・ディスティラーズ社を買収しています。したがって、ディアジオ社は数多くのスコッチ・ウイスキーのブランドを所有しているのです。例をあげれば、ジョニー・ウォーカーのほか、ベルズ、ブラック&ホワイト、ブキャナンズ、オールド・パー、ヘイグ、ホワイト・ホース、タリスカーなどです。

 

巨大アルコール飲料企業であるディアジオは、バーボン (IWハーパー)、カナディアン・ウイスキー (クラウン・ロイヤル)などのブランドも傘下に収めていました。ところがアイリッシュ・ウイスキーのブランドはまったく持っていなかったのです。そこで、アイリッシュ・ウイスキーもポートフォリオに加えたい、と思ったのがロウ&コ蒸留所を作った1つの理由ではないかと思います。

 

また、歴史のある有名ブランドが古臭いと感じる人が多くなっているようで、ビールでもクラフト・ビールの人気が高まっています。ギネスでも、ホップ・ハウス13、ギネス・ウェスト・インディーズ・ポーターなど、クラフト・ビール風の製品をプロデュースし、コマーシャルなどにもかなりの予算を使っています。同様に、ウイスキーに関しても、マイクロ・ディスティラリ―に投資することで、若々しくてチャレンジ精神旺盛なイメージを打ち出したかったというのもあるのでは、と私は思っています。


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ロウ&コ蒸留所は、ギネスビール工場/ビジター・センターのすぐそばにあります。また、ピアース・ライオンズ蒸留所も目と鼻の先です。蒸留所の建物は、もともとはトーマス・ストリート蒸留所の一部でした。1800年代後半の全盛期にはダブリン最大の生産量を誇った蒸留所だったのですが、残念ながら1920年代に財政難から操業をストップしてしまいました。

 

ギネスに譲渡されたこの建物は、ギネス工場用の発電所としてしばらく使用されました。その務めを終えたあと、しばらく廃屋になっていたのですが、ディアジオが2,500万ユーロを投資したことにより、蒸留所として生まれ変わったのです。

 

蒸留所ができてすぐの20199月に私はさっそく蒸留所見学ツアーに参加してきましたので、そのときの様子をご紹介したいと思います。

 

25ユーロでチケットを買い、ショップ兼バー/カフェみたいなスペースで時間が来るまで待ちます。


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平日ということもあってか、私以外の見学者は8人ほど。全員がアイルランド人でした。2階に上る階段のところでガイドさんの説明を聞きます。下の写真にあるように、階段の壁にはアイリッシュ・ウイスキーの歴史が書いてあります。


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次は渡り廊下の上から、実際に稼働している蒸留過程を見ることができます。アイリッシュ・ウスキーは伝統的に3回蒸留すると言われますから、ここにも3つ蒸留器がありますね。


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次は、Room 106 という部屋に入ります。


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106というのは、最終的に商品を完成させるまでに試したサンプル・ブレンドの数だそうです。ここでは、実際のウイスキーを味見しながら、原料や作り方などについて説明を受けます。


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次の部屋は Flavours Room という名前なのですが、ここがこの蒸留所のツアーのユニークなところになります。好みに合わせて自分でカクテルを作りましょう、という趣向なのです。


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甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の中から1つを選び、ロウ&コ・ウイスキーをベースにして作るのです。私はカクテルを作るのも初めてだし、メジャー・カップを触るのすら初めてじゃないかなと思います。これはおもしろかったです。


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最後はバーでのんびりワン・ドリンク。せっかくなので私はカクテルをいただきました。


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この見学ツアーの特徴は、カクテルに重点を置いていることや、バー/ショップの内装からもわかるように、若い男女をターゲットとしていることです。ウイスキーと言うと、渋めの男性がロック・水割り・ストレートで飲んでいるという印象が強いと思いますが、そういうイメージとは別の路線を目指しますよ、ということなのでしょう。ボトルのデザインにもその意思は表れているように思います。


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ロウ (Roe) という名前は、トーマス・ストリート蒸留所を経営していたロウ一族にちなむものです。1800年代後半に、世界最大のビール醸造所であったギネスと、世界最大のウイスキー蒸留所を所有していたロウ一族が、21世紀になって合体したということになります。

 

私は見学ツアーに1人で参加したのですが、カクテルを作るときにわいわいできるので、お友達と出かけた方が楽しいと思います。いまウェブページを調べてみたら、時間帯によっては、17ユーロで入場できるようです。

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ダブリン・リバティーズ蒸留所

蒸留所
05 /14 2020

今回は、リバティーズ地区に3番目の蒸留所としてオープンしたダブリン・リバティーズ蒸留所についてご紹介します。


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ダブリン・リバティーズ蒸留所は、クイントエッセンシャル・ブランズ (Quintessential Brands) 社がオーナーです。ロンドンに本拠を置く同社は、主に蒸留酒の製造と販売を業務としています。投資銀行に勤めていたウォレン・スコット氏とカンパリの社長を務めたエンゾ・ビゾーネ氏により2011年に設立されました。

 

同社は、まずリーシュ県のアビーリーシュにあるファースト・アイルランド (First Ireland) 社を買収してアイルランドに進出します。オマーラズ (O’Mara’s) やフィーニーズ (Feeney’s) というブランドのクリーム・リキュールを製造しています。

 

その後、同社は2015年に新進のウイスキー会社であったダブリン・ウイスキー・カンパニー (Dublin Whiskey Company) を買収。リバティーズ地区に蒸留所とビジター・センターを建設することを発表しました。マスター・ディスティラー (主任蒸留技師) として、ブッシュミルズ蒸留所で17年の経験を持つダリル・マクナリー氏を迎えています。

 

2019年の2月の末頃ですが、カフェでお昼ごはんを食べようと思って久しぶりにティーリング蒸留所に行きました。それで、ダブリン・リバティーズ蒸留所がそろそろこのあたりにオープンするという話を聞いていたので、あたりを散歩してみました。

 

そうしますと、ティーリング蒸留所の裏の通りに新しい蒸留所が見つけました。ティーリング蒸留所の裏口とダブリン・リバティーズ蒸留所の入り口の距離は50メートルもないくらいの位置です

 

オープンしているようでしたので中に入ります。ショップでミニボトルを3本ほど購入。POSコードのスキャンの仕方とか、50ユーロ札の偽札発見ペンの使い方とか、まだ慣れてない感じです(アイルランドでは50ユーロ札を使うと、レジの人がペンを走らせて偽札かどうかをチェックすることがよくあります。たぶん透かしが良く見えるようになるペンだと思います)


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お店の人に、いつオープンしたのか聞いてみると、実は正式オープンは翌日とのこと。今日はスタッフのトレーニングも兼ねて、仮オープンの状態なのだそうです。

 

見学ツアーについても聞いてみたところ、実は3時からツアーをやるのだといいます。時計を見ると250分。ツアーもトレーニングを兼ねているので、今日は参加料はいらないとのこと。もちろん参加させてもらうことにします。


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今日のツアー参加者は12人。近所に住んでいるアイルランド人5人、スウェーデン人の熟年カップル3組、そして私です。みんな、たまたま迷い込んできた人です。

 

ガイドさんは、若いスペイン人女性のミリアムさん。語り口も初々しい感じ。

 

ツアーは「ウォーター・ルーム」と呼ばれる部屋から始まります。ここでウェルカム・ドリンクとしてハチミツ入りウィスキー・リキュールをいただきます。モニターも用意されていたので、本来ならビデオ上映を行う計画があるのかもしれませんが、今日はガイドさんのお話。アイリッシュ・ウィスキーの簡単な歴史とか、ここリバティーズ地区の歴史とかですね。


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いよいよ製造設備の見学に入ります。残念ながら撮影禁止でしたので写真はありません。


ここの設備は独立系の蒸留所としてはかなり大きいです。仕込みや発酵のタンクは3階建てビルの高さほどあります。ポットスティル(蒸留器)3つあって、これもしっかりしたサイズです。

 

稼働したばかりということもあってか、匂いや熱などの現場感はまだありせんでしたが、樽をうまい具合に配置したりして、見学者向けに「見せる」演出も工夫していました。

 

さて、いよいよバーでの試飲です。


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ここの蒸留所のウィスキー・ブランドは2種類あって、1つが「ダブリナー」、もう1つが「リバティーズ」です。きょう試飲するのはダブリナーの3年ものと、リバティーズの5年ものです。


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私の個人的な好みでは、リバティーズの5年ものがおいしかったですスパイシーで複雑な深みのある味わいです。


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(上の写真はすべてミニボトルです)

 

Webサイトでお値段を調べてみますと、700ml ボトルでダブリナー3年ものが28ユーロ、リバティーズ5年ものが45ユーロ、ウイスキー・リキュール(赤ラベル)22ユーロでした。

 

あと、デッド・ラビット (Dead Rabbit) というブランドのウイスキーもショップで売っていました。ニューヨークにデッド・ラビットという有名なアイリッシュ・パブがあるのですね。そこのパブとの提携で作っている製品ではないかと思います。


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(ミニボトルです)

 

しばらくしたら、もう一度行ってみようと思っていたのですが、残念ながら現在は新型コロナウイルスの影響で休業中です。ロックダウンが終わったらまた訪ねてみたいと思います。写真撮影もOKになるような気がするので。見学ツアーは16ユーロと32ユーロのコースがあるようです。


また、カフェも併設されています。


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ダブリン・リバティーズ蒸留所Webサイト


参考資料

UK drinks group buys Dublin whiskey company (2015/4/1、アイリッシュ・タイムズ紙)


Quintessential to spend €4m developing premium Irish liqueurs (2016/3/3、アイリッシュ・タイムズ紙)


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ピアース・ライオンズ蒸留所

蒸留所
05 /13 2020
ダブリンのリバティーズ地区にティーリング蒸留所に次いで産声を上げたのが、ピアース・ライオンズ蒸留所 (Pearce Lyons Distillery) です。2017年秋にオープンしたこの蒸留所は、新しい会社とは思えないほど豊富な歴史とエピソードに彩られています。

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まず、設立者であるピアース・ライオンズ博士の実業家としてのサクセス・ストーリー。生化学博士の学位をアイルランドで取得した彼は、アメリカにわたり、家畜飼料のビジネスで大成功します。その後、ケンタッキーでビール醸造事業に乗り出し、こちらも軌道に乗せます。

 

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そして、かつてウィスキー醸造の中心地だったリバティーズで古い教会が売りに出されると聞き、一生に一度のチャンスだということで迷わず購入。建物を蒸留所として使用することにします。元々、ライオンズ一族はウィスキー産業とは無縁ではなく、博士のおじいちゃんやひいおじいちゃんは、ジェムソンの蒸留所でクーパー(樽職人)として働いていたそうです。


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教会の塔がガラス張りになっているのがおわかりでしょうか。これは、1948年の落雷で崩壊したあと放置されていたものを、博士が購入後に修復したものだそうです。塔がなかったころの写真がこちら。

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私はこの蒸留所の見学ツアーに2回参加したのですが、20192月に訪れた時の経験を以下にご紹介させていただきたいと思います。


チケットを買って、ツアーが始まるのを待っている間、ロビーのモニターで蒸留所の簡単な説明を読んだり、ウィスキーのクイズをしたりして時間をつぶすことができます。

 

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この日のツアーは、イギリスから来たご夫婦二組と私の5人。昨日、ラグビーのシックス・ネイションズでイングランドが番狂わせでアイルランドに勝ったので、私以外の4人はハッピー・ピープルです。ガイドは、アイルランド人30代男性のティアナンさん。


こういうツアーでは必ず最初に「どこから来たの?」とお客さんに聞くのですが、そこでティアナンさんとイングランドの人はさっそくラグビー話に少し花を咲かせていました。

見学ツアーの最初のコーナーはビデオ鑑賞です。この蒸留所を設立したピアース・ライオンズ博士が私たちに語り掛けてくれます。

 

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10分ほどのビデオが終わると、次は屋外に出て、教会や墓地の歴史についてのお話です。


この教会の名前はセント・ジェームズ教会というのですが、その歴史は12世紀にまで遡ります。最初はカトリックの教会だったのですが、政治的なもろもろの紛争の末、16世紀にプロテスタントの教会となりました。その後、教区民の減少により1960年代に教会の役目を終えています。

 

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前回来たときは若い女性のガイドさんが、ボディースナッチャーの話をしてくれました。ボディースナッチャーとは死体泥棒です。新鮮な死体を夜中に盗み出して、解剖用の死体を必要としている医療関係者に売るのです。捕まれば重罪ですから、リスクの高い仕事でした。


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今回のティアナンさんは、この墓地に眠る高級娼婦の話をしてくれました。彼女は割と裕福な家の出なのですが、最初の結婚に失敗し、処女ではないカトリックの女性が生きていくにはほかにやりようがなかったとか。彼女のお客さんは、当時の政治家とか法律家とか実業家とか錚々たる面々だったのですが、彼女が晩年、回顧録を書くにあたって、実名を出してほしくなければお金を渡しなさいと、名士たちを脅したそうです。


プロテスタントの教会になったあとも、墓地を持つことが許されていなかったカトリック教徒は、この教会に埋葬されたのです。そんなに広くない墓地ですが、約800年の間に約10万人が埋葬されました。博士の親族も何人かここに眠っているそうです。

さて、いよいよ教会の建物に入ります。この中にウィスキーの製造工程、ティスティング用のバー、お土産ストアがすべて入っています。


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製造工程の説明を聞いたり、製造途中のアルコールや麦芽の匂いを嗅いだりなど、蒸留所見学ではおなじみの段取りはありますが、何と言ってもこの蒸留所の見どころは新しく作られたステンドグラスです。


4枚あるのですが、そのうち3枚がウィスキーの製造工程に関するもの。


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そして、もう1枚はカミーノ・デ・サンティアゴにまつわるものです。ご存じのように、これはサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路なわけですが、このスペインの街には聖ヤコブ (スペイン語でサンティアゴ、英語でセント・ジェームズ)の遺骸があるとされています。巡礼に出かける人々は、セント・ジェームズにちなんだ教会に集まってから出発することが多かったので、アイルランドの巡礼者はダブリンのこの教会から旅立っていた可能性が高いのだそうです。


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ピアース・ライオンズ蒸留所の見学料は20ユーロ、25ユーロ、30ユーロの3つあって、その違いはテスティングできるウィスキーの数です。私は20ユーロでしたので3種類でしたが、イギリス人夫婦の1組は30ユーロを選択したらしく、ウィスキー4種類とジンを味わっていました。

 

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ウィスキーの種類は、緑ラベルのOriginal (ブレンド)、赤ラベルのDistillers Choice ()、金色ラベルのCoopers Select ()、黒ラベルの Founders Choice (シングルモルト)があります。アイルランドでの700ccボトルのお値段は42ユーロから70ユーロぐらい。アイルランドは酒税が高いので、ウィスキーは基本的に日本の方が安いです。(下の写真はミニボトルです)

 

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ティスティングのところでガイドさんと話が弾んだこともあって、所要時間は1時間15分ほどでした。


さて、実業家としてアメリカンドリームを成し遂げ、母国に戻ってきて蒸留所を開くという夢をかなえたピアース・ライオンズ博士でしたが、蒸留所オープンから半年後の2018年春、73歳でお亡くなりになりました。かなった夢を楽しむ時間が短かったのは残念だったかもしれませんが、他の人がうらやむような充実した人生だったのではないかと思います。

ピアース・ライオンズ蒸留所のWebサイトはこちら



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ティーリング蒸留所

蒸留所
05 /12 2020

ティーリング(Teeling)蒸留所は、ジャックとスティーブンのティーリング兄弟により、2015年に操業が開始されました。ダブリンでウイスキー蒸留所が稼働するのは、1976年にジョンズ・レーン蒸留所が閉鎖されて以来、ほぼ40年ぶり。ダブリンに新しい蒸留所がオープンするのは125年以上ぶりのことでした。

 

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ティーリング兄弟の父親であるジョン・ティーリングも、アイルランドのいわば名物社長です。アイリッシュ・ウイスキー産業が低迷していた1985年に、ダンドーク県にあった国営のじゃがいも蒸留酒の蒸留所を買い取り、クーリー蒸留所を創業しました。当時のアイルランド島にはアイリッシュ・ディスティラーズ社のニュー・ミドルトン蒸留所とブッシュミルズ蒸留所しかなかったわけですから、小さな蒸留所を開くのは大きな冒険だったと思います。

 

ティーリング家の祖先は1782年にザ・リバティーズのマールボロ・レーンという通りに小さな蒸留所を開いたそうです。何世代かの隔たりはありますが、ウイスキー蒸留を家業としていたティーリング家が、創業の地に戻ってきて新たな伝統を築こうとしているわけです。ティーリング・ウイスキーのブランド・シンボルには不死鳥が描かれています。これはティーリング・ブランドの復活を象徴しているのだそうです。

 

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ジョン・ティーリングは2012年にクーリー蒸留所をビーム社に約100億円で売却。その後、サントリーがビーム社を買収したため、現在はサントリーがクーリー蒸留所を所有しています(正確には、サントリーの子会社であるビーム・サントリー社が所有)。この売却で得た資金を元手に、ティーリング蒸留所を設立したのでしょう。

 

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(クーリー蒸留所)


ティーリング蒸留所はリバティーズのニュー・マーケット (New Market)という場所にあります。私事になりますが、私は2011年頃からほぼ毎週、ニュー・マーケットを訪れていました。現在のティーリング蒸留所の隣の建物で、毎週日曜に蚤の市などのマーケットが開かれていたからです。

 

新聞でこのあたりに新しい蒸留所ができるという話は聞いており、なんか基礎工事を進めているな、と思っていたのですが、あるとき、いきなりといった感じで建物の全貌が姿を現しました。次の写真は20155月初めに撮影した建設中のティーリング蒸留所の写真です。

 

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当時はまだ新しい蒸留所はまだ珍しかったことですから、私もオープンを楽しみに待っていたのを覚えています。

 

さて、ティーリング蒸留所も他の蒸留所と同様に、観光客にガイド付きの見学ツアーを提供しています。私は2015年と2018年の2回、参加したことがあるのですが、ここでは2015年に訪れたときのことを書いてみたいと思います。

 

その日は平日なのであまりお客さんはいないのではないかと思いましたが、私を含めて 11 人。アメリカ人が 3 人、ドイツ人が 4 人、ブラジル人が 2 人、アイルランド人が 1 人、そして私です。

 

ジェムソンやギネスのミュージアムと違って、ここは稼働している蒸留所ですので、中に入ると暑いし (30 度超え)、甘くて香ばしいかおりがします。

 

大規模な蒸留所ではありませんから、糖化、発酵、蒸留のプロセスがテニスコート 2 つ分ぐらいのスペースに収められています。

 

発酵用の装置。

 

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蒸留のためのポットスチルは3つあります。それぞれにレベッカなど、女子の名前が付いています。(クーリー蒸留所ではポットスチルに男子の名前を付けていたそうです)

 

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樽を少しだけ並べているスペースもありましたが、これはツアー客向けで、実際の貯蔵庫は他の場所にあるんだと思います。

 

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ガイドツアーは 30 分ほどで終わり、その後、試飲会です。コースが 3 つあって、コースによって値段が違います。

 

14 ユーロ - スモール・バッチ (一番手頃な値段) とカクテル。

20 ユーロ - スモール・バッチ、シングル・グレイン、シングル・モルトの 3 種類。

30 ユーロ - シングル・モルト、リバイバル・シングル・モルト、21 年物シングル・モルトの 3 種類。

 (上記は当時の価格と内容です。現在の価格等は下に記載します)


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その後、ギフトショップへ。ウイスキーだけでなく、Tシャツ、本、ロゴ入りラグビー・ボールなどを購入できます。

 

ティーリング・ウイスキーの特徴は、アルコール度が 46% ということ。だいたいの他のウィスキーは 42% です。価格的には、大手のウイスキーよりもちょっと上の線を狙ってるようです。


余談になりますが、ガイドさんが説明しているときに、白髪の紳士が「やあやあ」という感じでカジュアルに割り込んできて、お客さんに話しかけはじめました。これが、ジョン・ティーリング氏でした。このときは9月で、ラグビーW杯で日本が南アフリカを破ったすぐ後でした。ジョンさんにどこから来たのと聞かれて「日本」と答えると、やっぱりラグビーの話になりました。


ジョンさんは「I live rugby (I love rugby の最上級形、たぶん) と言って、「あの試合はこれまでテレビで放映された試合の中で最高の試合だったね」と言っていました(「テレビで放映された試合の中で」と言ったのは、手放しで「最高の試合」というと逆に嘘くさいからではないかと考えています)。ラグビー好きな人なら、あの試合はほんとに心が動かされたでしょう。ありがとう、ラグビー日本代表。ジョンさんは今70代半ばに差し掛かろうとしていますが、68歳までラグビーをプレイしていたそうです。


現在のツアーの価格は以下のようになります。

1517ユーロ - スモール・バッチとカクテル。

2022ユーロ - スモール・バッチ、シングル・グレイン、シングル・モルトの 3 種類。

30 ユーロ - スモール・バッチ、シングル・モルト、ディスティラリー・エクスクルーシブ、シングル・ポット・スチルの 4 種類。


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以下のWebサイトから予約できます。

ティーリング蒸留所 Web サイト


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tarafuku10

アイルランド・ダブリン在住。男性。