かつての輝きを取り戻しつつあるアイリッシュ・ウイスキー

歴史
03 /20 2020


ここ10年ほどのアイリッシュ・ウイスキーの復興は目覚ましいわけです。


現在アイルランド島には、稼働中、建設中、承認待ちの蒸留所を合わせると蒸留所が約35あります。ジェムソンなどを製造するアイリッシュ・ディスティラーズ社のニュー・ミドルトン蒸留所、メキシコのホセ・クエルボ社傘下のブッシュミルズ蒸留所、スコッチのウイリアム・グラント&サンズが所有するタラモア蒸留所など大手もあれば、マイクロ・ディスティラリーと総称される新興の小資本の蒸留所もあります。



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(ブッシュミルズ蒸留所) 



もともとアイルランド、特にダブリンは世界に名だたるウイスキーの生産地でした。19世紀の後半のことです。この頃、アイリッシュ・ウイスキーは世界のウイスキー市場の約70%を支配していました。ロンドンで販売されるウイスキーの3本に2本はアイルランド産であり、アイリッシュ・ディスティラーズ社に残る当時の記録によれば、同社の前身の会社が蒸留したウイスキーはブラジル、モーリシャス、ホンジュラス、オーストリア、ニュージーランド、カナダにまで輸出されていたそうです。


ところが、20世紀に入って潮目が大きく変わります。それは、蒸留所自体やウイスキーの品質の問題というよりも、外部の政治的な要因によるものでした。


第一次世界大戦により生産が大きく乱された後、大きな輸出市場であったアメリカで禁酒法が制定されます。また、1921年にイギリスから独立したことにより、世界に散らばる植民地を含む大英帝国から事実上締め出されます。関税のかからないスコッチ・ウイスキーに価格的な競争力でかなわなくなったからです。


さらに、製造方法のイノベーションでもスコットランドに後れを取ることになります。伝統的な製法では、大麦を原料としてポット・スチルと呼ばれる形式の蒸留器を使って蒸留するわけです。しかし、ポット・スチルではバッチごとに中の液体を入れ替えて掃除しないといけないため、蒸留に時間がかかります。


 

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(ボットスチル @旧ジェムソン蒸留所) 


この点を改良しようとイニーアス・カフィ (Aeneas Coffey) というアイルランド人が連続式蒸留器を発明します。19世紀前半のことです。カラム・スティルまたは彼の名前をとってカフィ式蒸留器などとも呼ばれます。連続式蒸留器ならポット・スチルよりも効率的にウイスキーを製造することができます。



イニーアス・カフィ

(イニーアス・カフィ) 


ところが、アイルランドの蒸留所は連続式蒸留器の採用を拒否します。味が落ちるという理由もあったかもしれませんが、蒸留所側にものづくりのこだわりみたいなものがあったのかもしれません。連続式蒸留器は海を渡ってお隣のスコットランドで採用されることになるわけです。


19世紀の終わりごろになると、スコットランドのブレンド・ウイスキーとアイルランドのモルト・ウイスキーの競争は激しくなります。アイルランドの蒸留所は、連続式蒸留器で作ったアルコールなどウイスキーとは呼ばせないぞ、ということで、「Truths about Whisky」という出版物まで出してキャンペーンします (スコットランドのポット・スチル蒸留所ももちろんブレンド・ウイスキーには反対の立場です)


 

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(連続式蒸留器 @キルベガン蒸留所)



争いを解決するために、ロンドンで王立委員会が設立され、37回にも及ぶ慎重な協議の結果、連続式蒸留器で作ったアルコールをブレンドしたものもウイスキーと呼んでいいと正式に決定されました。これにより、スコッチ・ウイスキーの勢いはさらに増し、アイリッシュ・ウイスキーの立場は相対的に弱くなっていったわけです。


そんなこんなで、20世紀半ばにはアイリッシュ・ウイスキーは絶滅寸前に追い込まれます。最後まで残っていたアイルランド共和国の大手3(ジェムソン、パディー、パワーズ) が合併してアイリッシュ・ディスティラーズ社を設立 (1966)10年ほどかけて製造拠点をミドルトンの蒸留所に統合します。こうして1970年代後半から80年代にかけては、北アイルランドのブッシュミルズ蒸留所と合わせてアイルランド島に蒸留所が2つしかない状態が続いたのでした。


ところが、ここ10年ほどの間に、新しい蒸留所が次々と設立され、アイリッシュ・ウイスキー業界は大きな賑わいを見せています。輸出産業の柱の1つに成長しつつあると言っても過言ではありません。


また、ウイスキー・ツーリズムと言って、蒸留所の見学に訪れる観光客も多いわけです。アイリッシュ・ウイスキー協会(IWA)の推定によると、2018年にはあわせて約923,000人の観光客がアイルランドの蒸留所を訪問しています。この数は5年以内に数百万にまで上昇するのではないかと同協会は見ています。ウイスキーが目的の観光客は1人平均約60ユーロを使うので、アイリッシュ・ウイスキー業界の売り上げに約5,500万ユーロほど貢献しています。これにプラスして、宿泊費や交通費がアイルランドに落ちることになります。


個人的な話になって恐縮ですが、私自身はダブリンの旧ジェムソン蒸留所の近くに住んでおり、ジェムソン蒸留所の昔の建物がSOHO事業者向けのオフィスとして貸し出されていたのでその一部屋を借りていたこともあります(私は自営業です)。また、アイリッシュ・ウイスキーの黄金時代にたくさんの蒸留所が集積していたため、ゴールデン・トライアングルと呼ばれていたリバティーズ地区にも歩いていける距離です。


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(旧ジェムソン蒸留所のチムニー。現在は展望台として再利用) 



私はお酒がそれほど強い方ではないので量は飲めないのですが、ウイスキーにまつわる歴史やビジネスの話には興味が尽きません。蒸留所見学体験記 (蒸留所に限らず私は工場見学がとても好きです)などを含め、このブログでは現地に住んでいる人間ならではのアイリッシュ・ウイスキー情報をお届けできたらと思っています。よろしくお願いします。



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tarafuku10

アイルランド・ダブリン在住。男性。